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【爆裂機】なぜパチスロ4号機の出玉率は120%を超えていたのか再度確認

【爆裂機】なぜパチスロ4号機の出玉率は120%を超えていたのか再度確認 eyecatch-image

チワッスあしのです。

 

いつもありがとうございます! パチンコ・パチスロに纏わる「ふわっと理解している事」を個人的に調べて解説するこちらのコラム。今回は「4号機の出玉率」について。前もこの企画の別の記事でちょっと触れたんですが「そもそも当時の爆裂機の出玉率はなぜ120%を超えてるんだ」というところが抜けてたんで改めて確認しましょう。どうぞ。

 

 

本来は出しちゃ駄目なスペック

 

当時の爆裂機は「本来は世に出してはいけない機種」?

 

まず前提として、メーカーは機種を開発したらまず公安の指定試験機関である「保通協」などに「この機種は世に出して良いものなのかチェックしてくれ」という申請をします。これを型式試験といいます。試験内容は時代によって変わりますが、それらが何のために行われるかというと「ちゃんと規則を守って作られてるかどうか」を調べるためなので、ここで「適合」の判定を貰わないと次のステップに進めない。

 

で、その「守るべき規則」の中で今回問題になるのが「出玉率」でして、これが4号機の頃は「17500ゲームで55%以上から120%未満」というシンプルなルールで運用されていました。規則が改正されて5号機になるとこの17500ゲームのほか、もっと短いスパン(400ゲーム・6000ゲーム)でチェックするようになり、6号機になるとさらに1600ゲームが加わります。が、4号機は非常にシンプル。ひとつだけです。55%以上で120%未満であればいい。で、当時のAT機の設定6の出玉率(メーカー公表値)を見ると図ったかのごとく119.9%って数字が並んでます。が、そんなわけない。実際の数字はもっとバーンと突き抜けた機種が沢山ありました。

 

果たして120%ってどのくらいなのか。1日で8000G消化するとして、ざっくり投入枚数はリプレイを除外して20,000枚程度だとすると、払出が24,000枚まではセーフ。つまり差枚で4000枚程度が本来の出玉率120%の機種の性能なのです。が、4号機時代は「5万枚出た!」とか「100万勝った!」とかいう話が普通にその辺にゴロゴロしてるわけで。にも関わらず「これらの機種が適合を受けていた」というのもまた毅然と存在する事実なのであります。

 

どういうことか?

 

これ実は、当時は型式試験のチェックの際、メーカーが押し順を指定する事ができたそうです。しかもフリー打ち。画面に押し順ナビが示されてても無視。ペナルティになる打順だとしても無視。全部無視してひたすら指定の打ち方でフリー打ちするわけです。これにより本来AT中に積み上がるはずだった払出のカウントが増えないので、結果として上限120%を無効化できたと。そういうことだそうです。もちろんこれは「メーカーもやりすぎだった」し「試験の方法にも不備があった」という話なので、どっちかが一方的に悪いという話でもないのですが、厳密に120%のルールを守るのであれば当時の爆裂機たちは「本来は世に出してはいけない機種だった」という事になります。

 

 

打ってる方には関係ないもん

 

イカれた時代だったけど面白かった

 

とはいえ、当時の爆裂AT機は控えめにいってめっちゃ面白かったです。勝てたかどうかというのはまた別の話なのですが、サバンナとか金とか書いてあるランプがペカったらその瞬間に脳内快楽物質がブワーッとあふれる、何ともいえない興奮がありました。この面白さはひとえに「ツボったらむちゃくちゃ出る」というリターンのデカさと直結しておりまして、良い悪いは抜きにして自分の中では大切な思い出になってます。

 

時を経て、業界に携わる色んな立場の人の話を聞くにつけ「イカれた時代だったな」と改めて思います。そう、イカれてたのは間違いない。でも「4号機時代は良かった」という言葉もそんなに否定はしたくないのが正直な所です。だって面白かったんだもの。

 

試験の突破方法とかはそれこそ当時の筆者みたいに打ってる方には全く関係ない話ですし、当時はそれを問題とも思っていなかった。実際「爆裂機問題」というのが世に出たのがロデオの「灼熱牙王」の発売ドタキャン事件からで、これが2002年なのでもう大量獲得機もCT機もAT機もストックもある時代でした。打ち手も別に何の疑問も持たずに楽しんでいたわけで、何ならユーザーも順調に伸びてる黄金期といっても良かった。問題が表面化するまで、「爆裂機が良くないもの」なんて誰も思ってなかったし、恐らくメーカーも思ってなかったと思います。だって適合してるんだもん! などという話が通るわけもなく。ちょっと後にはやりすぎたツケが回ってきて大幅な規制が発動し、そのまま市場の縮小傾向が変わることなく現在まで来てるのはご存知の通り。

 

今はもう諸々整備も進んで当時のような爆裂機よもう一度! というのは絶対無理なんですけども、だからこそ、あのイカれた時代をリアルタイムで体験できたのは貴重な経験だったなと思っています。繰り返しますが勝てたかどうかはまた別の話。なんなら筆者もAT機ではボロ負けしてましたし。手放しに良い時代だったとは言えません。が、間違いなく独特の面白さはありました。

 

 

業界豆知識あしの 画像3今のパチンコも相当面白いけどね

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  • 1:2022-08-08 21:13:19今の6号機がクソすぎるから、余計に良き時代と感じてしまう。
  • 2:2022-08-09 06:59:174号機の検査が甘すぎて後半はメチャクチャでしたね。3号機までのように1メーカー2機種までしか出してはいけないという制限が無くなったので、メーカーもとりあえず検査に出しておくということも増えましたし、保通協も検査費用取れるのでガンガン受け付けて、結果検査が甘くなってしまったのかもしれません。

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