ホームレスになったオッサンの行きつく先は…梅雨ならではの憂鬱話を一献

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地域猫のようなオッサン

 

「アナザーゴッドハーデス」で万枚出した時の話です。何か知りませんが諸々羽振りが良かった時にそれなのでオイラは完全に調子に乗っちゃいまして、嫁さんを連れて浅草にある某高級江戸前焼肉店に毎晩連続で通うという、絵に描いたようなお大尽様になっておりやした。旨い肉と酒で腹を満たし、二人で手をつないで夜道を歩く。満ち足りた気分だったものです。

 

「旨ェ肉も、流石にこうメェ晩だと腹がもたらァネェ──!」

 

などと言いながら。とはいえ未だ冥界の神から賜ったマニーはたっぷし残っておるゆえ、やれやれ、こりゃあ明日も焼き肉かァとかぼんやり思って自宅近くに差し掛かった時、公園の方から声がしたんですね。おう。ひろしィ……ひろしィ……ッてな具合に。思わず足を止め嫁と顔を見合わせて、石段のところから公園を覗きますと、なにやら砂場の縁石に腰掛けるメガネのオッサンが、力なく手を振っているのが見えました。

 

「Mさんじゃん。どうしたの一人で」

「ヘヘ……。ヤサが無くなっちゃってさぁ……」

「ヤサ……?」

 

聞けば、近所の社長さんちを間借りして棲んでたヤサ(家)から、何かの拍子で追ン出されてしまっちゃったらしい。売り言葉に買い言葉。奴さんも好々爺みたいな丸メガネの癖に、どうして喧嘩ッ早いところがあるらしいんですねェ。

 

「じゃあ今Mさんホームレスなんだ」

「ウン。おれホームレス」

「家なき子じゃん! ウケる!」

 

当の本人がケロっとしたもンでしたしオイラも話半分で聞いていたもンで、その時はあんまり深刻に捉えなかったんですが、実はこの日の端緒にMさんの流浪生活は開幕しておりまして。その後の長きに亘る地域住民の苦悩もまた同時にスタートしておったのですがそんな事は露知らず。当時は単純に「ホームレスて!」と夫婦で笑いながら「そいじゃ!」と手を振ってその場を離れたもんです。

 

「はる、どうせなら口直しに、マスターんところで一杯飲んでッかい?」

「いいね。いこうぜいこうぜ。へへ!」

 

Mさんの事は2秒後には頭から消え、すぐ近くにある行きつけのバーへ向かう我々。お店に到着するやそれぞれビールとラム酒を頼んでちょいと嗜みながら、しばしのちに今しがた目撃したMさんの様子をマスターに告げました。Mさんはこの店の常連でもあったんですな。

 

「……という事がありまして。四ツ路の先ンところの公園なんですが」

「うん。今大変なんだよMさん」

「ありゃ。マスターご存知でしたか」

「知ってる知ってる」

 

とはいえ、マスターもこの頃はまだ笑い話にするだけの余裕があったし、実際この後しばらくは近隣に住んでる常連たちがこぞって生活必需品を差し入れしたり、あるいは金銭的な援助を行なったりと、奴さんはさながら地域猫の如き扱いを受けておりまして。これはもうホームレスとしては破格も破格。幹部候補クラスのエリート待遇です。そもそもホームレスのエリートって何やら良くわかりませんけど。

 

……そらーときーみとーのあーいだーにはァ(挿入歌)

チワッスあしのっす!

 

梅雨時で毎日ジメジメしとりますが皆さん体調はいかがでしょうか。実はオイラの誕生日は6月8日。まさにこの時期なんですね。イエーイ。んでその日は「長崎で雨が多い日」の中でも堂々の1位だった過去がある日らしく、まあ確かに毎年雨ばっかり。なのでオイラの誕生日には「ハッピバースデーツーユー(梅雨)」って歌ってたものです。なんちゃって。えへへ!

 

まあいいや、今回はそんな梅雨時にピッタリのちょっと憂鬱な話を一献。朝並びの最中にでも読んでやってくださいまし。

 

いくぜプレス!(掛け声)

 

 

逆招き猫かよ!

 

それから、一週間か二週間した頃。近所のお店で「パチスロアベンジャーズ」を打ったらハルクが思いのほか大暴れして8,000枚くらい出たンで、夫婦で浅草の老舗天ぷら屋さんへ晩酌に向かいました。

 

演芸ホールの芸人さんたちが良く顔を見せるお店だけあって今までの人生で食べたどの天ぷらよりも旨い品を出してくれるお店です。職人芸が輝く絶品に舌鼓を打ち、ビールと冷でほろ酔い気分に浸る。激ウマだけあってしっかり居座るとそこそこの金額がするんですが、それでも緑色の巨人が財布にブチ込んでくれたマニーはまだ全然残っておりました。

 

「いやー、ンマかったナァ……! これ明日も行っちゃうかァ」

「ちょっとォ。少し貯金に回そうよォ──!」

「ハハ。てやんでぇだよそんなの。ハハハ……!」

「てやんでぇじゃないわよ……!」

 

夫婦で手をつないで夜道を歩く。公園に差し掛かった時、何やらまた声が聞こえました。歩を止めて耳を澄ます。ひろしィ……ひろしィ……はるちゃァん……はるちゃァん──。顔を見合わせて垣根のところから覗き込むと、例によって砂場の縁石に座り込んで項垂れたオッサンが、力なく手を振っているのが見えました。Mさんです。

 

恐る恐る近づいて眺めたMさんの姿は「憔悴しております」みたいな感じを隠そうともしない具合になっていてなかなかショッキングでした。まずなんと言ってもメガネがずっこけておりまして、んで靴の先ッぽのところは「どうやったらそうなるん」みたいな感じでカパッと底が抜けており、さらに髪の毛も元々ハゲかけておったのが、もうハゲ散らかしてるレベルになってて。奴さん、短時間でホームレスに拍車が掛かってるんですな。

 

「おお……。Mさん結構キてるなァ……」

「キてるよ……」

「大丈夫? 仕事とか探してる?」

「仕事ォ……? あのなぁ……。この足で──……」

「この足で?」

 

街灯に照らされる公園の一画。Mさんは「仕事」という単語に反応したのかズボンの裾を捲くりあげ「これの足でどうやって仕事しろっていうんだよ!」と、ちょっと怒ったように言いました。本人としてはここ2週間ほどの路上生活でまともに横になれず、足がパンパンに膨張してしまった様を訴えたかったんでしょうけども、オイラたち夫婦の目はそれよりも、むき出しになった足のふくらはぎのところに、一匹の黒蟻が必死に食らいついてアゴの力でプラーンとぶら下がってるのに釘付けでした。オイラはぶっちゃけその時「蟻さん頑張れ」みたいな感じで声援を送ってたし、おそらくそれは嫁も同じだと思います。んでお互いに笑いのツボがだいたい同じところについてる我々夫婦は、何か知らんがそこで爆笑してしまった次第。

 

「ブハッ! Mさんずるいよ……!」

「いまのはずるい! だってメガネずっこけてるし……アヒャヒャ!」

「蟻さん……ヒヒヒ……蟻さんが……やめて腹筋痛い……!」

「靴なんなんそれ……どうやったらそうなるん! やめてほんとに! もう! 笑わそうとしてるでしょう!」

 

Mさんの座っている場所の周りにはワンカップの容器がいくつか転がっており、タバコの吸殻が入っているのもありました。要するに酒とタバコを提供している人がいるわけですな。その状況で窮状を訴えても説得力はあんまり無いわけで。身から出た錆。因果応報。色んな言い方はできるけど、特に例のマスターに関しては、そこは徹底しておりました。

 

「……ということがさっきあったんですよ。マスター」

「ンー。もうさー。ひろしくんたちも放っといた方がいいと思うよ」

「やっぱそうですかねぇ」

「構うから調子乗るんだよMさん。この生活でいいやみたいなさ──」

 

実際のところ、オイラの嫁さんなんかは最初こそ熱心に支援していたものの、早々に「こいつ甘えてんな」というのに気づいて逆に厳しい態度で臨むようになっておりまして、例えばオイラなんかが無闇に金銭を与えようとするのに対しては、激しく糾弾するようになっていました。

 

「そうよ。駄目よひろし。甘えてるんだからMさん」

 

事実、その頃ンなるとお店の常連の人々の支援により、Mさんの回りには続々と働くために必要な条件の数々が揃いつつあったんですね。なんとプリペイドのケータイまであったし、NPOに近しい常連さんの活躍でシェルターに入れる算段までついていて、考えても見りゃァ、もうあとは素人に出番なんざありません。プロに任せた方が良いに決まってる。

 

というわけでオイラはしばしMさんに構うのを辞め、その数日後、奴さんには一時的なヤサと、そしてややあって待望の職も与えられたのでありました。落着、落着。Mさんに幸アレ。……とはいかず。「ホームレス、3日やったら辞められねェ」とは良く云ったモンでして、なまじ覚えた奔放の味ったら、なかなか捨てらんねぇモンらしいですな。

 

ほんとの悲劇はここからでした。

 

 

もう放っといてパチスロ打とうぜ!

 

Mさんはその後、半年ほどはシェルターから通いつつ仕事を真面目にやっておった様子です。一時は狭いなりにも自分の部屋を持ち、そこに48インチのテレビを買ったといって喜んでおったものです。ただまあ部屋が2.5畳だというんで48インチのテレビを買う時点でもはや「この人駄目そうだな」みたいなのはオイラも薄々気づいてたんですがそれは置いといて、信じられん事に奴さんはようやっと手に入れた安穏を自ら台無しにするかの如く、いきなり仕事を辞めたんですな。

 

「……なんで辞めたん?」

「そりゃあ、まあ、色々あって──」

「何するの、これから」

「……ミュージシャンなろうかなって」

 

これ、高校生の口から飛び出したンじゃァなくて、こないだまでホームレスだった50代のオッサンのセリフです。

 

「まあ……。あのー、ウーン。駄目だオイラ何も言えねぇ。はるちゃんどう思う?」

 

嫁の顔をみると、なんかもうお得意のチベットスナギツネみたいなスンとした顔になって「ねぇひろし、アルフォートってお菓子、もともと豪華客船の名前らしいわよ」とか全然関係ない話をしてます。駄目だ、この人完全に興味を失ってる。

 

んでまあ、興味を喪失しちゃってるのは周りの人たちもおんなじで、ギリギリまで仕事を斡旋したり紹介したり相談に乗ったりと応援してた人々も、いよいよMさんがまたも家を追ン出されそうになったという話をしはじめた辺りで見切りを付けてしまい、結局、最終的にMさんのそばに居続けたのはプロの人と、それからバーのマスターだけでした。

 

無為に過ぎる日々。悪化し続ける状況。どっかのタイミングでオイラはある種の真理みたいなのに気づいた気分になりました。要するに、Mさんはもう働きたくないんじゃなかろうかと。いっとき経験したあのホームレス生活を、居心地の良いものとして覚えてしまったのではないだろうかと。なんせ奴さんが真面目にやってたのは冬の寒い時分だけで、暖かくなってきた途端これなんだもの。

 

「Mさん、もうさぁ、働きたくないんでしょ。実は」

「……ウーン」

「正直に言っていいから。それだったらそれで何か精神病的なアレで助けてくれるところあるかもしれないし」

「あー……。ウヴェッホン! ウヴェッホン! ウヴェッホン!」

 

この頃のMさんのクセは「何か話しづらい事があるとすげー咳き込む」というもので、これもまた支援者の神経を逆撫でするものだったんですけどもそれは置いといてですね。とりあえずある朝の事です。珍しくマスターからの呼び出しがありお店に向かうと、閉店後の薄暗い店内で、Mさんと、それからマスターが無言で座っておりました。

 

「チワッス。どうしたんです」

「あー、ひろしくん。おはよう。悪いね。コーヒー飲む?」

「ええ。いただきます」

 

聞けば「今後についてしっかり話し合う最後の場」として、マスターが閉店後のお店にMさんを呼び出した模様。ただ、二人きりだとMさんが全然話を聞かない可能性があるんで、場を和ます役としてオイラにお声がかかったそうな。

 

「で、Mさんこれからどうすんの? ひろしくんもわざわざ来てくれたしさぁ……」

「ンー……。そうだなぁ……ウヴェッホン! ウヴェッホン!」

 

話し合いは二時間ほどに及びました。ぶっちゃけマスターがMさんに対してそこまでする意味はあんまりないんですけども、それこそ袖振り合うも多生の縁という奴でして。知ってる人がどんどん駄目ンなってく様を横目で眺め続けるのはどうしても気分の良いものじゃないし。直接的に助けることはできなくても、ある程度寄り添ってあげたいという、優しさなんだと思います。

 

開け放たれたドアの向こう。黄色い帽子をかぶった近所の園児達が先生に付き添われ、右手を挙げながら横断歩道を渡るのが見えました。

 

「ほら、Mさん。あの子供たち見てよ。いまのMさんと一緒だよ? 俺もヒマじゃないのにさぁ。こうやって付き合ってんだから。せめてこうしたいとか、こうするつもりとかさ。何かないの?」

「ウヴェッホン! ウヴェッホン!」

「無いならないでいいんだよMさん。じゃあもう何も言わないからさ。ただ意思表示してくれないとさぁ。助けてほしいのか放っといてほしいのかも分からないじゃん俺たち。力になりたいんだよ。できればさ」

「ウヴェッホン! ウヴェッホン! ウヴェッ!」

 

マスターとMさんとの話し合い。堂々巡り。ドグラ・マグラ。寄り添おうとするマスターと、咳き込むMさん。無限ループに陥った状況でオイラは突然「番長3」が打ちたくなりました。何でかはわかりません。たぶんホールの開店時間が近かったからだと思います。

 

「あのー、ちょっといいですか。マスター」

「ン。どうしたの? コーヒーもう一杯いる?」

「いや、マスター、番長3打ちにいきません?」

「え、このタイミングで……? あー、うん、いいねぇ。あとから行こうか……。で、Mさん、仕事とかさぁ、住むところとかさぁ、色々考えないといけないじゃん。何か言うことないの?」

「ウヴェッホン! ウヴェッホン!」

「えー、マスターもう行きましょうよ番長3。お店開いちゃいますよ」

「うん。ちょっと待っててねひろしくん……。ねーMさんどうすんの?」

「ウヴェッホン! ウヴェッホン!」

「マスター、番長3! 番長3!」

「ねーMさん……」

「ウヴェァッ!」

 

……そらーときーみとーのあーいだーにはァ(エンディングテーマ)

 

1時間後、「働くのに書類が無いから面接に行けない」という理由を何とかひねり出したMさんを四の五の言わさず区役所へと連れていき、オイラとマスターは二人並んで番長3を打ちました。最初の対決でいきなり頂Journeyをブチ当てたマスターの笑顔からは、なにやら吹っ切れた様子が見て取れた次第。憑き物が落ちたというか。重い積み荷をようやく降ろしたというか。

 

それを見て、ああもうMさんはいよいよこの一番の支援者をも喪う事になるんだろなァと、何となくそう思いました。

 

うむ。

 

──その後も、Mさんはいきなり音信不通になって死亡説が流れたり、それに心配して家まで向かった支援者に意味不明に居留守を使ったり、あと人のツテを頼って手に入れた飲食店でのバイトを酔っ払ってスッポカシてクビになったりとなかなかパンキッシュな生活を続け、気づけばもう一年くらい顔を見ておらぬ感じです。

 

オイラ自身Mさんとはなんだかんだ一時期は大変仲良くしており、特にお酒を飲みながら映画の話で盛り上がった夜なんかの事は、今では懐かしく思い出される次第。どっかのタイミングで、何かできる支援が他にもあったんじゃないかなぁとか。柄にもなく思ったりもします。彼はもしかしたらアル中だったのかもしれないし、または別の理由があってそうなったのかもしれない。あるいは単純に働きたくなかっただけかも。だけども、まあ普通の大人じゃあ絶対にそうなってないレベルまでゴリゴリに転落してたあの感じを見るに、なんかしらの理由はありそうだし、理由があるんならば、その解決だってきっとできるはず。

 

そしたらまた、一緒にお酒を飲みながら話がしたい。

 

酒を飲んで嫁さんと散歩した帰り道。いつの日か、公園の方からあの声が聴こえてくればいいんだけども。ひろしィ……はるちゃァん……──。

 

おしまい。

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