「いくらの勝ちを夢見て、いくらの勝ちを目指し、いくらの勝ちで満足してきたのか?」を回顧してみる。

「いくらの勝ちを夢見て、いくらの勝ちを目指し、いくらの勝ちで満足してきたのか?」を回顧してみる。 eyecatch-image
ウエノミツアキ プロフィール
ウエノミツアキ

快楽探求&人間観察を主とするジャンル不問のフリーダムなフリーランスライター。四半世紀に渡ってパチンコ&パチスロ攻略誌に原稿を寄せている。CS番組、動画配信コンテンツなどにも出演中。

どうも。最近、『P大工の源さん 超韋駄天』か『沖ドキ!』ばかり打っているウエノです。

 

「なぜ、この2機種ばかり打っているのか?」を考えてみたのですが、20万円勝ち(5万発 or 1万枚超え)を夢見つつ、10万円勝ち(2万5千発 or 5千枚超え)を目指しながらも、6万円勝ちくらい(1万5千発 or 3000枚超え)で満足できる可能性が高いというところにあるのではないかとの結論に達しました。演出が気持ちいいのは当然として。

 

そこでウエノが今までのパチ&スロ人生において「いくらの勝ちを夢見て、いくらの勝ちを目指し、いくらの勝ちで満足してきたのか?」を回顧してみたいと思います。

 

最初にパチンコでハマったのは一発台の『スーパーコンビⅡ』(1986年導入開始)。友人に誘われた初打ちで朝から打って、あっという間に4万円勝ったので立て続けに5回当たったのでしょう(2.5円交換、4千発定量)。その後は打ちまくるのですが、初体験と同じかそれ以上の5万円勝ちを夢見つつ、半分の2万5千円勝ちを目指しながらも、立て続けに2回当たって1万5千円以上勝てれば満足という感じでした。勝ったらうなぎを食うというのがお決まりでしたね。

 

浪人生の頃は住まいの目の前にあるパチ屋へ行って、一発台の『パンドラD』(1987年導入開始)で勝負する日々。2.5円交換の8千発定量で、一発2万円を連続ゲットしたら友だちに連絡して銀座へカニを食いに行くというのがお決まりでした。大当たり後は即ヤメはせずに2千円まで追う自分ルール。4発連続(7万円勝ちくらい)を夢見つつ、3発連続(5万円勝ちくらい)を目指しながら、2発連続(3万円勝ちくらい)で満足という感じでした。

 

大学生という名の実質プー太郎になって間もなくしてハマったのは『コンチネンタルⅢ』(1990年導入開始)。近所に『コンチネンタル』専門店がありまして。1階が『Ⅲ』で2階がいわゆる『Ⅰ』(『コンチネンタル』。1990年導入開始)だけという最高の店の1階に入り浸るようになりました。ドギツイBだったので台上に10箱積んでいる人もいるという状況で、同じくらいのバカ出しを夢見つつ(1箱2万で20万円くらい)、5箱(10万円くらい)を目指しながら、3箱(6万円くらい)で満足していました。

 

まあ、その店ばかりに行っていると破産するので、近所にある別の店で『アレジン』(1992年導入開始)や『エキサイト』(1992年導入開始)のモーニング狙いをするようになると、今度は20箱積みを夢見つつ(1箱1万で20万円くらい)、10箱を目指しながら(10万円くらい)、6箱(6万円くらい)で満足する日々でした。6箱以上積んだら昼から焼肉を食っていましたね。えぇ。

 

『ダイナマイト』(1992年導入開始)や『ゴリコップ』(1992年導入開始)辺りの連チャン権利モノや、『綱取物語』(1993年導入開始)や『春夏秋冬』(1993年導入開始)でも同様の勝ち額を目指して打ってました。当時は高円寺に住んでいたので、勝てば焼肉、負ければ『ニューバーグ』という激安のハンバーグ屋で凌ぐ生活を送っておりました。

 

勝っても負けても肉にありつける、素晴らしい環境でした。ありがとうございます。

 

その後、『ファミ通』というゲーム雑誌の編集バイトを始めてからは徹夜仕事の毎日でほぼ打ちに行けず。フリーライターになってからも激務の日々。それなりに2回1セットのCRを打ちつつ、やっぱり20万円勝ちを夢見て、10万円勝ちを目指し、6万円勝ちくらいで満足していたと思われます。

 

再びスロにドハマリするのは、家を引き払って車で旅打ちに出た先の伊勢で打った『ビッグアンドスモール』(2000年導入開始)。『ダイナマイトキッズR』(2000年導入開始)なんかもありましたが、万枚超え(20万円超え)を夢見つつ、5千枚超え(10万円超え)を目指しながらも、モーニングから3千枚超え(6万円超え)で満足という感じで、松阪牛を食ってウイークリーマンションに帰ってましたね。ちなみに打っていた『ビッグアンドスモール』は連チャンが奇数だけで最大19連までしかテーブルにないバージョンだったので、一撃万枚は無理だったわけですけど、そこは即戻して合わせ万枚を狙ってました。結果、万枚達成したのは『ダイナマイトキッズR』のほうでしたが。

 

三重を満喫した後、愛知県一宮市で運命の出会いを果たしたのが、『ハイハイシオサイ30』(2000年導入開始)の32Gバージョン。これも万枚超えが夢で、5千枚超えを目指しながらの3千枚あれば満足と思って、ほとんど毎日打ってました。ある日、設定⑥を掴んで1万6千枚達成したときは「クリアした」感が半端なかったです。はい。

 

その後、沖スロ(B)にドハマリして、『南国物語30』(2001年導入開始)や『海人30』(2001年導入開始)の32G、『ハナハナ30』(2001年導入開始)のスイカ、『島唄』(2001年導入開始)の遅れ、『シオラー30』(2002年導入開始)のチェリー、『ビッグシオ』(2002年導入開始)のGOD、『ダイダイ30』(2003年導入開始)のGODなどを打ちまくりますが、やはりどれも万枚超えが夢で、5千枚超えを目指し、3千枚で満足という感じでした。

 

そんな中、登場したのが『ミリオンゴッド』(2002年導入開始)でした。他の爆裂4号機と同様、6万枚超えを目指して打ち始めますが、それは夢のまた夢。やはり万枚超えを夢見て、GOD揃い(5千枚超え)を目指しながら、天国ループで3千枚出ればとりあえず満足というスロ生活を送っていたと思います。同時期に出た『スーパービンゴ』(2002年導入開始)でも、フゥアって1111G(一撃万枚超え)を夢見つつ、555G(一撃5千枚超え)を目指しながら、333G(一撃3千枚超え)は行ってほしいと願っていましたよね? ね?

 

大量獲得1G連と天国ループで万を夢見て、5千枚を目指し、3千枚出ればとりあえず満足していたのは『吉宗』(2003年導入開始)や『シェイク』(2002年導入開始)。『シェイク』は当たったら5連はしてほしいといつも願っていたので、BR比率考えれば3千枚獲得くらいでしょう。

 

同時期に出た『南国育ち』(2004年導入開始)を沖ヒカル氏と連れ打ちした際にウエノが⑥、沖氏が⑤だったことがあるのですが、ウエノが「代わってくれませんか?」と頼んだところ沖氏に断られたことがありまして。それは⑥だと万枚超えという夢を叶えるのが難しいということに他ならないと思います。はい。

 

その後にハマった『めんそーれ』(2004年導入開始)や『イミソーレ』(2004年導入開始)でもやはり夢は万枚、目指すは10万円勝ち、6万円勝ちで満足でしたし、パチンコのほうでハマった『CR湘南爆走族H33』(2006年導入開始)や『CR蒼穹のファフナーFZ-Vi』(2009年導入開始)でも20万円勝ちを夢見て、10万円勝ちを目指し、5万円勝ちで満足していました。

 

5号機になってもハマった『ミリオンゴッド』シリーズの『ミリオンゴッド~神々の系譜~』(2011年導入開始)や『アナザーゴッドハーデス-奪われたZEUSver.-』(2014年導入開始)、『ミリオンゴッド-神々の凱旋-』(2015年導入開始)でも、同じなんですよ。

 

20万円勝ちを夢見つつ、10万円勝ちを目指し、5万円勝ちで満足する。

 

これが私、ウエノを「気持ちよくしてくれる」スペックなのでしょう。

ポイントは少なくとも1990年頃からずっとこのようなスペックのマシンをPS業界が出し続けられていること。30年間もこれを継続しているのですから、素晴らしいとしか言いようがありません。

 

だから、6号機になろうが、7号機になろうが、連チャン規制が入ろうが、出玉規制がなされようが、何の心配もしていません。戦争でも起きない限り、ずっと私を満足させてくれるマシンを出し続けてくれると信じております。死ぬまでずっと楽しませてくれる、気持ちよくさせてくれると思っております。なので、今後もパチンコ&スロット業界に身を委ねていきますので、何卒よろしくお願い致します。

 

ただ、問題なのは、満足できる勝ち額が自身の経済状況に比例していると仮定した場合、ウエノミツアキの稼ぎが30年間もの間、ほとんど変わっていないってことになるんですよねぇ……まあ、出世とか、売れるとか、金持ちになるとか、そういうことは来世で考えればいっか! 現世では死ぬまでパチンコとスロットを打てるくらい稼がせてくださいっ!!

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1517
  • 1:2020-10-15 18:52:54かなって

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