スロッターとの飲みトークでこの話題はキケン!ライターあしの meets 鼻メガネ、生まれかけの友情を打ち壊した「モンティ・ホール・ジレンマ」とは!?

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あしの プロフィール

「浅草に住むサブカル・ギャンブル系フリーライター。ペンネームの由来は4号機『バクチョウ(メーシー)』の主人公あしの君から。いろんな所でちょいちょい書かせて頂いております。Twitterアカウントはこちら!(https://twitter.com/Slot_Ashino)」

酒飲んだスロッターと議論するとすごい確率で喧嘩になる「モンティ・ホール・ジレンマ」と鼻メガネの思い出。

 

飲み屋で議論。これは基本的にダサいのであんまりやらない方がいい。でも人間誰しもオヤジになってくると、つい議論しちゃう。そういう生き物だから仕方がない。ハゲとかメタボとかと同じく、男は生まれながらにしてそういう風に出来てるのである。


んで議論とは一定のルールに則って交わされるべきだ。詭弁に逃げるべからずとか。悪口言っちゃ駄目とかね。喧嘩腰になってはいけませんとか。まあ一般常識の範囲でアツくなるのは構わないけど、論破しよう論破しようという意識が先に立つ人がいると、あんまりおもしろくない。


で、飲み屋の議論で俎上に上げるとめちゃ危ないトピックというのがいくつかある。


宗教。政治。野球。この3つは殿堂入りだ。あとガンダムもメンツによっては危険球になるので避けた方が無難だろう。意外とヤバいのがラーメン。これも豚骨・しょうゆ・味噌の派閥が三国志よろしく互いを牽制する形だと問題ないのだけど、パワーバランスが崩れると一気に全面戦争に発展する爆弾ジャンルだ。避けるが吉。


さて。

 

みなさんは「モンティ・ホール・ジレンマ」という単語をご存知だろうか。アメリカのコラムニストである「マリリン・ボス・サバント」という女性が1990年頃に自身の連載で書いた内容に端を発する「主観確率が如何に間違ってるか」の例題である。簡単に言うと数学的な問題と見せかけた単なるひっかけクイズみたいなもんなのだけど、サバントさんが「人類で最もIQが高い人」としてギネスブックに載ってた女性だったのと問題自体が良く出来てたのもあって話題が話題を呼びまくり、ついには数学者やらジェンダー論者までを巻き込む一大論争に発展したのち、気づけばパラドクス系クイズのド定番として、すっかり定着したものであるそうな。日本でも一時期テレビなんかで紹介されてたので、特に俺より年上だとご存じの方も多いかもしれない。俺はリアルタイムでは知らないけど、学生の頃に雑学本で読んだ。そして理解するのに3日くらいかかった。


問題の内容を超噛み砕くとこうだ。

箱が3つある。3つのうち1つにはパジェロの鍵が入ってる。あとの2つはタワシである。プレイヤーは箱を1つだけ選ぶことができる。そして箱の中の物が貰える。プレイヤーが箱を選択したら、司会者(パジェロの位置を知ってる)は残りの2つの箱のうちひとつを開けて(必ず)タワシを見せる。そしてプレイヤーにこう言うのだ。「残りの開けられていない箱に選択を変えても良いですよ」と。


さあ問題です。プレイヤーは選択を変えた方が良いのでしょうか。変えない方がいいのでしょうか。あるいはどっちも一緒でしょうか。はいシンキング・タイム!

 

あなたの答えはどうだろう……?


実はこれ、正解は「変えた方が良い」になる。なんでやねんと思う方もいらっしゃると思う。どっち選んでも1/2じゃろがいと。あるいは最初っから1/3じゃいと。思うだろう。俺も思った。というか世界中の数学者が釣られたのだ。よくよく考えるとこれ数学の問題でもなんでもない。確率論の話ですらない。司会者が「答えを知ってる」かつ「必ずタワシを引く」のがめちゃ重要。箱の数を100個にして考えてみると分かりやすい。司会者がプレイヤーの選んだ箱以外から98個のタワシを見せてくれて、箱が2つだけになった場合だ。これだったら「あ、変えたほうがいい」ってなると思う。それでもどっち選んでも1/2じゃろがいと言う人もいるかも知れない。あるいは最初っから最後まで全部の箱が1/100じゃいと。俺はそれでも良いと思う。実際世界中の数学者が入れ食い状態でバンバン釣られたんだからいい。でも正解は「変えたほうが良い」だ。詳しくはググってくれい。


さて。先程俺は言いました。宗教・政治・野球。この3つが飲み屋の議論では鉄板でヤバいと。だが、それより上に居るのがコイツだ。モンティ・ホール・ジレンマ。特に酒飲んだときのスロッター同士の会話でコイツを出すのは危険過ぎる。


今回はそんな話だ。あ、申し遅れましたチワッスあしのっす。じゃあ本題! いくぜプレス!

 


飲み屋はどこだ?


結構前の話になる。相手が(たぶん)業界と無関係の人じゃないのでちょっと色々伏せるけど、場所は都内の某所だ。そこで俺はひとり、飲み屋を探していた。当時はまだ引っ越したばっかりで土地勘が無かったのもあるけど、とにかく友達が居なかったんで人恋しかったのだ。会社帰り、自宅に戻る道すがら。通りに面する店を一軒一軒虱潰しになで斬りする。そんな生活を続けていた。気に入った店があったらがっぷり四つ、毎晩でも通うつもりだったけど、生憎ピンと来る店はついぞ発見できず。気づけば一ヶ月くらい経っていた。


やれやれ。この辺には良い飲み屋がないぜ。もう通りを挟んだ向こう側の、やっぱり繁華街の方にいこうかしら。と半ば諦めかけていた時に出会ったのが、その店だった。


カウンターがひとつ。8席ほどの小さなバーだ。


「いらっしゃいませ」と声を掛けて来たのはワシ鼻に黒縁メガネの若い男だった。カウンター内にはもうひとり、白シャツのボタンを3っつくらい開けたイケメン風の男。客は他にひとり、薄いピンクのキャミソールを着た女子大生っぽい女が、その白シャツのボタン3っつくらい開けたなんちゃってエグザイルみたいな男の目の前に陣取っていて、二人で何やら熱心に話し込んでいるだけだった。


「あれ、俺ここ大丈夫ですか? 女性向けの店?」
「あ、全然いいですよ。どうぞ──」


ワシ鼻に黒縁メガネの男が手のひらでカウンターをぐるりと指し示す。お好きな場所へ。というジェスチャーだった。なんかもうそのジェスチャーから「男はいらねぇけど入店拒否も出来ないから適当にどうぞ」みたいな感じがビシビシ伝わってきていきなり居心地がクソ悪かったのだけど、前述の如く通りの端っこから根こそぎ虱潰しで通ってる最中だったので、一軒だけ飛ばすというのも気持ちが悪い。まあ一杯飲んで帰ろう。と、女子大生が座る席とは一番離れた所に座った。


「何飲みます?」


ワシ鼻に黒縁メガネ──鼻メガネでいいや──の言葉を受けてアサヒで。と答える。わかりました。鼻メガネが冷蔵庫から瓶を取り出す。やがて運ばれてきたアサヒはどうみてもキリンだった。まあ別にどっちでもいいやと思って飲みながら店の雰囲気を肌に染み込ませる。おしゃれな雰囲気といえばおしゃれな雰囲気。入り口ではデジタルサイネージがビカビカに光ってて「ハッピーアワー!」とか書いてあった。通りに出さないと意味ない系の看板だけど、なぜか店の中でビカビカしてた。ちなみに時刻はもう夜の22時とかだからハッピーアワー全然関係ない。


鼻メガネはカウンターの中でスマホを弄り。なんちゃってエグザイルみたいなのは金メッキのネックレスをギラ付かせながら女子大生と喋っている。音楽も何も掛かってない店だったんで自然と会話が耳に入ってきたのだけど、内容はどうも恋バナ……というより失恋の相談──ていうか、なんちゃってエグザイルみたいなのがハートブロークンな女子大生を、その胸元の金メッキをギラ付かせつつ慰めてる感じだった。


「──お仕事は」


話しかけられて目を向ける。カウンターの向こう。目の前に鼻メガネの顔があった。


「ああ、電器屋です」
「どこですか?」
「○○区の──……」
「ああ、あそこですか。なんかありますね、あの辺」
「行ったことあります?」
「いや、見たことだけ。その先にある○○に良く行くんで」


○○とはパチンコホールの名前だった。


「あ、パチンコ行くんですね」


──パチンコ行く。これは俺も迂闊だったけど、気にする人は気にする。しない人は全く気にしない。何がってパチンコ、という単語だ。パチンコだろうとパチスロだろうと、日常会話で一般名詞として使う場合は概ね一緒というか、言わんとする意味は同義だ。けど、気にする人は気にするし、当然次のような流れになる。


「いや、パチスロですけど」
「ああ。パチスロね。うん……。行くんだ?」
「行きますねぇ……」
「何打つんです?」
「最近は○○とか……あとは○○……てかお客さんも打つんですか?」
「うん。打ちますね」
「最近勝ってます?」
「いやまあ、トントンかなァ」
「僕今年、○○万くらい勝ってますよ」
「へぇ。すごいじゃん」
「結構ねぇ、ツレが有名な奴で。一緒にやってると勝てるんですよね」
「……有名?」
「あ、知りません? ○○って」
「あー……。うん。名前は知ってる」
「マジすか! 知ってますか! 僕、ツレなんですよ!」


鼻メガネが出した名前。俺は超たまたま知ってた。自分のサイトの順位をめっちゃ気にしてた時代に、ブログ村で見かけた事があったからである。ああ、だったらもしかしたら、このお兄ちゃんは俺の名前も知ってるかもしれんなぁと思って聞いてみたくなった。家から近いバー。俺のことを知ってる若者。もしかしたら友達になれないことも、ないかもしれないような、どうだろう。でもまあ、時期尚早だ。まだその時ではない。そう判断し黙ってビールを呷る。女子大生とエグザイルはなんかまだ喋ってる。サイネージはビカビカしたままだ。ビール。無くなった。どうしよう。ちょっと悩んでタバコに火を付けた。まあ、いいか。


「お兄さん、もう一杯、アサヒいい?」

 


鼻メガネ VS 俺


二杯目のキリンを飲みながら鼻メガネとパチスロ談義に花を咲かす。話の内容から分かったけど、彼は二十代半ばらしい。パチスロを打ち始めたのは割と最近との事だった。最近っつっても、俺が感じる一年と二十代が感じる一年は重みがぜんぜん違う。


「やっぱり確率ですよ。しっかりデータを見て勉強して──」


などと当たり前のことを得意げに語る鼻メガネを見て気恥ずかしさを覚えたのは、その若さへの羨望か。あるいは単純に顔が面白かったからか。彼は勝手に店の酒をガンガン飲んでたし俺もちょっと面白くなってきてグイグイいってたんで、気づけばお互いなかなかベロベロになってきた。


「だーもーさー、なんでキリンなんだよ。もー! アサヒだってば」
「げっひゃっひゃっひゃ! もーいいじゃないですかどっちでも。げっひゃひゃ!」
「てかさー幾らなのここ。ビール」
「幾らでも良いっすよ別に。僕ら関係ねぇし。オーナー今日来ないから別に──」
「うわもう最低だなぁ。キミみたいな奴絶対雇いたくねぇわ! あひゃひゃひゃ!」
「サーセン! げひゃひゃ! どうもサーセン! げひゃひゃ!」
「で、なんだっけェ?」
「ああ、だからひろしさん(俺の名前)、パチスロは勝たないと駄目ですって!」
「んなこた分かってるヨォ。でもなぁ。別に俺ァパチスロで飯食ってる訳じゃないからさぁ……」
「駄目駄目。全ッ然駄目。ひろしさんパチスロの事まったく分かってない! げひゃひゃ!」
「うわ、2年坊主に言われちゃったよ……」
「ひろしさん何年打ってるんですか?」
「わかんね……。15年くらい? 打ってんじゃない?」
「それで勝ててないってヤバッ! げひゃひゃひゃ! ひろしさんヤバッ!」
「いやいや、あのねぇ鼻メガネ……。鼻メガネ?」
「ん。あ、それ僕の事っすか?」
「うん。まあそれはいいから。あのねぇ鼻メガネ。今収支が○○万って言ってたよねェ。でもさぁ、今年まだ7月じゃん? まだまだ。それくらいの黒だったら、ここからスコーンと転落することもあるからねェ。怖いぞパチスロは」
「げひゃひゃ。ないない! 僕ちゃんと確率見てますから!」
「確率はみんな見てるんだよ……。これはもう、俺からのはなむけの言葉だと思って大切に胸に仕舞っといて。いいかい。鼻メガネ。しっかり聞きなよ? パチスロは、お店との読み合いなんです。分かった?」
「げひゃひゃひゃ! ないない!」
「あるわ!」


2時間くらいパチスロ談義をして分かったけど、鼻メガネは初心者にありがちな「自分が一番詳しいんだぜ病」に罹患していた。人間の情熱はジェット燃料並の推進力がある代わりに継ぎ足しができない。パチスロに対する情熱がパンパンに満たされてる鼻メガネは、今猛烈な勢いで雑誌を読み、そしてネットで調べ、毎日ホールへ通っていることだろう。彼からすると、ガス欠を起こした古豪のスロッターたちは、不勉強な怠け者に見えるに違いない。要するに彼はまだ知らないのだ。人間にはジェット燃料の他にもうひとつ。一度火を灯せばいつまでもジリジリと燃え続ける、愛という名の、優しい固形燃料がある事を。古豪のスロッターたちが皆。胎内にその暖かさを感じ続けている事を。知らんのだ。


「確率っすよ! 確率! パチスロは勉強!」


ふと頭に浮かんだ。なんだったか。学生時代に読んだぞ。確率の不確かさ。直感的確率論。情報の介在でブレる。なんとかホール。なんだっけ。あの世界一のIQと言われた女性が。あれは──。ああ、思い出した。


「──鼻よ。キミはモンティ・ホール・ジレンマを知っているかね」
「……いや、何スカそれ」
「キミは確率がどんな状態でも必ず一定だと言うけど、じゃあ……これを見給え」


ビジネスバッグからノートを取り出して一枚破ると、ボールペンで箱を3つ書く。その上にA・B・Cと名前を振って、一通りルールを説明した。ふんふんと、頷きながら聞く鼻。


「いいかい。司会者は答えを知ってるんだ。キミなら分かるね。さあ、問題だ。キミは司会者がタワシをひとつ見せた時、どうする。チョイスを変えるかい? 変えないかい?」


考える時間を与える為にタバコに手を伸ばしたけど、それが届く前に即答が返って来た。


「いや、変えませんよ。意味ないし」
「……ほう、意味ないっていうと」
「だって1/3じゃん」
「ん? 1/3?」
「1/3じゃん」
「ちょっとまってね。こう……。箱があるよね。じゃあ、鼻、いっこ選んでみて」
「じゃあ、B」
「わかった。俺はパジェロのある場所を知ってるのね。分かる? で、ハズレを見せるわけだよ一個。じゃあ、見せる。Aがハズレ! そうすると、鼻が選んだBと、あと残りのCが残ってるのよ。これどっち選んでも……?」
「1/3じゃん」
「なんでやねん……。せめて1/2って言えや……」
「いや、だって3つの箱に一個正解があるんでしょ? 1/3じゃん」
「初期段階だろそれ。状況変わってるじゃん。そこだよそこ。せめて1/2まで行こうぜ。そっから面白くなるんだから」
「いや、1/3は1/3のまんまだから」
「え、確率強いんだよね? 鼻」
「はい。パチスロ勝ってますし」
「それはまあ、ちょっと一回置いとこう。思考実験しようぜ。とりあえずさ、今残ってる箱は2つでしょ。2つのタワシのうち、一個はもう除去してるんだよ。箱が2つと当たりがひとつね。はい、当たりは何分のイチ?」
「1/3っしょ」
「……なんでやねん!! なんでやねぇへぇん! パラドクスとかジレンマ以前の問題やんけ!!」
「だから! そっちが間違ってるって。最初に選んだときの当たり確率は1/3ずつでしょ。で、その中から1/3が一個なくなっただけだから、何も変わらないって! 1/3が2つ残ってるだけだって。おかしいわ言ってる事」
「1/3が2つ残ってるどういう概念! 残り1/3は虚数空間に消えたんか!? いいかい。あのね、こういう場合の分数っていうのはね。何かを分けて合計1になんないと駄目なんだよ。最初箱が3つあるじゃん。だから分母──そうだよ分母! 分母が箱の数ね?」
「それくらい分かってるよ」
「分かってなかったろ今まで……。じゃあ、一個取り除きました。はい。箱の数」
「2つ……」
「じゃあ分母は」
「2……」
「はいよく出来ましたァ。おっけー。じゃあ、鼻、選択は変えないんだよね?」
「はい。意味ないし。どっち選んでも1/2だもん」
「よぅしいい子だ。そうだよな。いいんだよそれで。やっとだよ。やっと本題だよ。まぁ、1/2って思うよね? でも違うんだよ。実際は変えた方が2/3で当たるの」
「3って言ってるじゃん! 箱2つじゃん! おかしいよ言ってる事! さっきから!」
「なんでキレんだよ! 良いんだよこの場合は! もとからのやつが1/3だから合計したら1になるだろが!」
「1/3って言った……」
「……え」
「いま、もとからのやつ1/3って言ったな?」
「言ったけど」
「僕がもとからのやつ1/3って言った時馬鹿にしてたくせに、アンタ自分で言ってんじゃねぇかよ……。やっぱり1/3から変わってないって事だろ……? 当たってるじゃん僕」
「違ェよ。俺が言ってる1/3と鼻が言ってる1/3は違う1/3なの。お前は1/3で不変って言ってるけど、俺のは相対的には価値が下がってるの!」
「何だよ相対的に下がってるって。確率はそんなコロコロ変わんないって! 最初っから1/3だし、残ってるのも1/3!」
「またそこかよ! もう分数の勉強はドリル買って自分でやってくれよ! 俺は直感的確率論の話がしたいの! 2/3になります。えー、なんで。だって司会者が答えを知ってるからァっつってさ。当たりを除外して選ぶと全然確率変わるよねぇみたいな。あー直感てアテにならないねーとか。そういう話まで行きたいんだよ俺は!」
「直感だろうがなんだろうが、確率は一緒。変える意味ないから!」
「あーそうですかァ! 鼻は頭が硬ェなァ! まだ二十代なのにねッ! もういいよこの話はッ!」


ふと、泣き声がした。見ると、女子大生が泣いている。フェェンと、如何にも演技がかった嘘くさい泣き方だった。ギラつきエグザイルもどきがその頭にぽんぽんと手を置いて「大丈夫だよ。大丈夫。あの人達は喧嘩してる訳じゃないからね。ほら、大丈夫だからね」とか言ってた。うわドロップキックしてぇ……と思った。そしてその想いは鼻も同じだったようだ。盛大に舌打ちする。そしてその舌打ちがカンに触ったのか、いつのまにかシャツの前のボタンを一個しかとめてないエグザイルもどきの眼光が鋭くなる。鼻がメガネを外す。無言で睨み合う二人。フェェンと気の抜けたような泣き声。入り口のサイネージは未だビカビカしている。手元のビールもずっとキリンだ。ああ。と思った。


──やっぱ、回れ右して帰ればよかった。

 


兵どもが夢の跡。


行きつけの店を探すのに通りの店を虱潰しにするのはとても効率が悪い。というのにその日気づいた俺は、店から一番近いバーを根城にしてとりあえず居座る事にした。気づいたら常連になってた。それからもう、結構な年月が経つ。びっくりすることに今の妻ともそこで出会った。そう考えると、あの日、鼻と激論したのもあながち悪くなかったのかもしれない。


今でもたまに、あの店の前を通る。バー自体はとっくの昔に潰れているけど、建物はそのままだ。それなりに古い建物なので、そのうち取り壊されるだろう。でも店が無くなっても、もしかしたら建物が無くなったとしても、あの日感じたもどかしさは決して消えないと思う。


モンティ・ホール・ジレンマ。


たぶん俺は、あの鼻メガネと仲良くしたかったんだと思う。それほど、友達に飢えていた。あの日あの難しい分数の話さえしなければ。もしかしたら今頃肩を並べてパチスロを、語り合う仲になっていたのかも、しないとも言い切れない。いいかい、諸君。教訓だよ。


──酒飲んで難しい話はダメ!

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