さらば愛しき君よ!『島唄』にまつわる甘く切ない青春時代の思い出

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あしの プロフィール
あしの

「浅草に住むサブカル・ギャンブル系フリーライター。ペンネームの由来は4号機『バクチョウ(メーシー)』の主人公あしの君から。いろんな所でちょいちょい書かせて頂いております。Twitterアカウントはこちら!(https://twitter.com/Slot_Ashino)」

九州の片隅で大学生活を謳歌していた頃の話だ。

 

俺は奨学金を貰いつつも学費を自分で貯めていたので、一年通学しては一年休学して働くみたいなかなり変則的な生活を送っていた。当時、今では「オリンピックの爺様」として知られる森喜朗さんが総理の座にあったのだけども、何かにつけてITが叫ばれている時期でもあり、国も躍起になって税金をジャブジャブぶち込んでは「IT革命!」とか言ってたもんだった。とはいえ当の森さんがITを「イット」と読んでたくらいなのでおそらく政府の重鎮は誰もその正体を正確には把握しておらず、結局、2000年頃にスタートした情報技術開発競争において、日本は欧米諸国にちょっと洒落にならんくらいの差をあけられる事になったのはご存知の通り。

 

ジョークのようだけども、日本がこの20年で生み出して最も効率的に運用してるIT技術って「ガチャ課金」だと思う。

 

あの頃ガッツリ投入されてた国民の血税がどこに行ったか。これは良くわからん。おそらく通信網の整備であったり教育の現場にPCを配備したりとか、なんかそういうのに使われてそうな気がするけども、その中の一部は間違いなく俺のポケットに入ってる。なぜなら大学休学中、手っ取り早くビッグマニーを得る為に働いてたのがまさしくIT振興関連事業だったからだ。

 

……チワッスあしのっす!

 

今回は西暦2000年頃の九州が舞台。当時を知る人も知らない人も、並びの合間に読んでクスっと笑っていただければコレ幸い! それじゃ今週も元気よく! いくぜプレス!(かけ声)

 


今より時給が高い! 史上最強に割の良いバイト。

 

俺が住んでた長崎は日本有数の「低所得地域」だ。今はどうか知らんが当時はたしか沖縄と鳥取がワーストで、その次くらいに長崎がランクインしてたと思う。理由は色々あるけど、まあざっくり言って「水」と「土地」が無いからだと言われてた。ご存知のように長崎は山が多い。あと沿岸一帯がリアス式海岸で、かつ離島がめちゃくちゃ多いので県の面積に対して建物を建設する事ができる土地が極めて限定的なのである。あと雨が多いイメージに反して水が圧倒的に足りていない。これも山のせいで、要するに急勾配・短距離の川が多すぎてダムが作れず、保水能力が限りなく低いかららしい。

 

以上の理由により導き出される答えは「製造業の誘致が難しい」というもので、実際、長崎一帯は造船以外の製造業があまり育たなかったそうな。ゼロじゃないけども、探せば工場を建てるのに良い条件の土地は他に腐るほどあるんで、わざわざ長崎を選ぶ意味がそんなにないという事なんだろう。結果、長崎は低所得地域になった。もちろんリッチメンもいるけど、少なくとも最低賃金は当時590円くらいで全国でも一番低いくらいの感じだったし、実は2020年の今でも最下位近くなのは変わらなかったりする。

 

で、IT革命時期だけども、日本全国の職安にはこんな張り紙が掲示されていた。

 

──求む。IT技術インストラクター。だ。

 

当時はデジタルデバイド(情報格差)というのが問題視されていたのだけど、これはわかりやすく言うと「ネット使えない人は今後ヤバくなるから覚悟しとけよ」みたいな意味だ。実際の所、使えないなら使えないで爺様も婆様も上手いこと生活してるんだけども、IT革命当時は「インターネット」という正体不明の単語に対し、世のお年寄りは戦々恐々としておった次第。これは当時のニュースやら新聞が煽っていたせいでもあるのだけど、実はこの部分の解消に例の投下資金の一部は使われていた。なんと、地域の公民館や小学校で、地域の住民(主に年寄り)向けの無料IT教室というのを国主導でやっておったのです。

 

そのインストラクターについては当時規制緩和で注目されていた派遣会社の○ソナが一括で受注してたみたいな話も聞くけども、田舎の方になると登録社員がそもそもそんなにいなかったんでハローワークとかでも普通に募集しており、しかもその報酬は国のモノサシで決められてるので正直異様な金額だった。俺の記憶が確かなら、なんと時給6,000円。労働時間は一日4時間か5時間で、それが週五日。これが最低賃金590円の地域のハロワに投下されたので、もはや宝くじなみのプレミアム倍率になっていた……かと思いきやそうでもなく。少なくともIT技術者でもなんでも無い俺が普通に採用される程度の競争率だったわけで。

 

採用された瞬間「まじかよ」って呟いちゃったもんね。

 

というわけで今思い返すとちょっと笑っちゃうんだけども、IT革命期のある時期、俺は長崎にてITインストラクターという、いかにも胡散臭い肩書で働いておったのだ。

 

業務内容はこんな感じだった。

 

とある地方自治体の教育委員会に出向き、そこから指示された「教室」へと向かう。教室は都度違ったけども、一番多かったのは小学校のPC室だ。そこに受講を希望する地域のお年寄りが集まってくるんで、彼らに決められたカリキュラムを教えていく感じ。IT革命とか言ってるからどんな凄いことやるのかと思ってたら、内容はワードとエクセル、ブラウザとメールの使い方くらいのもの。それで時給6,000円だ。これはもう企業でPCインストラクターやってるプロがガチ切れするレベルだと思うんだけども、実際その恩恵を受けてた俺としては単純に「国すげえ!」と思ってたもんだった。

 

さてそんな中で俺はHちゃんという女の子と出会った。彼女もまたハロワでプレミアムフラグを引いた人で、いわゆる「サブインストラクター」という役で採用されていた。サブとはいえ別に時給は変わらない。業務内容も俺とそんなに変わらず。ただ授業中に俺の横で待機しつつ、授業の進行をスムーズにするため、質問がある生徒さんが挙手した時にすっとんでって個別で対応するという役割だった。要するに俺とHちゃんはセットで動く事になっていたのだ。

 

彼女は俺より確か3つか4つ年上で、当時たぶん25とか26とか。ガソリン代の節約の為に授業場所までは俺の車で移動してたのだけども、毎度結構遠い所まで一緒に移動して一緒に御飯を食べたりしてたんで必然的にすげー仲良くなり。結局二人が付き合うようになるのにはそんなに時間はかからなかった。

 

 

キュインキュイン回る悪魔との遭遇。

 

今思い出すと彼女と付き合ってた時期は俺の人生におけるフィーバータイムだと思う。人は誰しも大人になったばかりの頃って全能感で脳がやられるものだけども、俺にとってはそのHちゃんとの時期がビタでそれだった。そのタイミングで高時給のバイトをしてたので、それはお金の使い方も享楽的になる。なので当時の記憶を掘り返すに、あんまり深みのある教訓とかは何も出てこない。ただ楽しかった思い出だけが残ってる。

 

食事に行ってお酒を飲んだり、ちょっと高級な所に泊まったり。背伸びして高い服を買ったりプレゼントしたり。時代がズレてるしスケールも違うけど、もしかしたらバブル期の若者ってみんなあんな感じだったのかも知れない。

 

ある時、長崎の北の方の山村みたいな所にある教育委員会に出向して、例によって小学校のパソコン教室で授業をやることになった。俺の家からも彼女の家からも二時間ほどの道だ。朝10時には授業開始だったので、七時頃に迎えに行ってそこからコンビニで買ったパンを食みながらドライブした。彼女は「浜崎あゆみ」にハマっており、俺はUKロックにハマっていた。生来の俺はどっちかというと相手が好きなものは全部吸収していきたいし相手にも押し付けたい派なのだけど、彼女との関係はそういうドロドロに溶け合うような感じじゃなくてもっとカジュアルだったので、彼女がリクエストする浜崎の曲は何となく聞き流す程度にしてたし、また此方も無理に「OASIS」や「Blur」を聴かせようとはしてなかった。とはいえ車内で常にかかってた曲はそれらなので、未だに浜崎やBlurを聴くとなんとなく彼女を思い出す次第。

 

翻って、それらの曲はまさしく若かりし日の全能感を己が内に喚び起こすわけで。なんかのタイミングで耳にする度、未だに何となく胸が締め付けられるような、甘い痛みを伴う懐かしさに包まれる。

 

自宅から車で二時間。長崎の北の方といえばもはや秘境と言ってもそんなに間違いはないくらいの田舎だし、俺もHちゃんもその辺の土地勘はサッパリなかった。まだカーナビが一般的ではなかった時代だ。予め地図帳からコンビニでコピーしといたのを助手席の彼女が確認しつつナビし、何となく目的地周辺に到着した。

 

「あ、パチ屋があるね」

 

運転席の俺は当時パチンコやパチスロにだだハマりしてた頃だった。時代はまさしくAT絶頂期。『アラジンA』がブイブイ言わしてた頃だ。んでサイレントストック機も勃興してて、例えば『キングパルサー』はめちゃくちゃ勝てた時期だ。当時のお大臣っぷりはバイトの高額報酬もあるけども、キンパルのおかげでもある。

 

「ひろし、パチンコ打つの?」

「うん。つっても今はパチスロだねぇ。Hちゃん打つの?」

「ううん。全然。前に一回痛い目を見て」

「痛い目? パチンコで?」

「うん。何だっけなぁ……。あのゾンビとか……お化けとか出てくるやつ」

「なんだっけ。あるっけそんなの」

「あるのよ」

「SANKYOのやつ? 『フィーバーもののけ』とか?」

「違うやつ。もっと前の──」

 

当時の俺にはピンと来てなかったけど、今だったら一発で分かる。竹屋の『モンスターハウス』だ。

 

「前の会社にいたとき彼氏から教えて貰ってパチンコ打ってね。最初当たったんだけどそれでなんか私ハマっちゃって。一人でも行くようになってさ。で、ボーナスの日に10万円くらい負けて、怖くなってそれ以来行ってないのよ」

「あー、なるほどなぁ……。パチンコでそんなに負けるのヤバいね」

「うん。ヤバいわよ……。私たぶんパチンコをやったら駄目なタイプなんだなぁって」

「うーん、そうなのかもねぇ……」

 

のちにバルテックの『パワージャンプ』で一日10万負けたりするのを当時の俺はまだ知らないので、Hちゃんに「パチンコいっちゃ駄目だよ?」とか訓戒しつつ、いよいよ職場にたどり着いた。休憩1時間を挟んで5時間の授業を終える。時給6,000円なのでこれで既に30,000円稼いだ事になるけど、帰り道はまだ全然明るいというか、夕刻にすら届かない時間だった。また浜崎やOASISを聴きながら自宅の近辺まで戻り、それから食事を摂ってもまだ明るかった。じゃあドライブに行こう。彼女の提案に同意する形で、一度自宅の駐車場に車を置いてタクシーに乗り、彼女のユーノスに乗り換えてから高速のランプウェイを目指した。普段のホンダとは違う乗り心地が最初は気持ち悪かったが、付き合ってる間に散々乗り回したのでその頃になるとだいぶ慣れて逆に楽しくなっていた。

 

あてどなく市内を巡行する中で、彼女がふとこんな事を言った。

 

「ねぇ、パチスロ教えてよ」

「パチスロ? 打ちたいのかい」

「うん。打ってみたい」

「ギャンブルもうやらないんじゃなかったっけ」

「勝ってるんでしょう? ひろし。じゃあ、大丈夫じゃない?」

「……じゃあ行ってみようか」

 

ウインカーを上げてバイパスへ入る。ハウステンボスのすぐ近くに某チェーンの大型店があって、そこに向かった。車を停めて正面エントランスをくぐると、嗅ぎ慣れたワックスの香りと耳を打つ効果音が渾然一体になって襲ってきた。馴染みの戦場だ。自分にとってはいつもの雰囲気だったけども、久しぶりに来るらしいHちゃんは興奮していた。

 

「懐かしい……! そう。こんな感じだった」

「どうする? 何か打ちたいヤツあるかい?」

「ンー。特に無い。オススメ教えて」

「じゃあ、まず『キンパル』かなぁ……」

 

キングパルサーのシマは8台。その頃になるとRTの解除テーブルもすっかり出回っていてハイエナが効きづらくなっていた。もっと市内にある、お年寄りがメインの客層のお店ならばちょいちょい美味しい台が拾えたけども、案の定、その時には打てそうな台はひとつもなかった。

 

「ちょっとコレは打てないなぁ……」

「あら……残念。他にオススメないの?」

「オススメ……。ああ、これどう?」

 

筐体にデカデカとはめ込まれた巨大パトランプ。青いパネルには南国調の文字で『島唄』と書かれていた。

 

「これわかりやすいよ。勝てるかどうかは分からんけど、この……パトランプがキュインって回ったら当たり」

「へぇ! 面白そう。これにしよう?」

「わかった。じゃあ並んで打とうか……」

 

勧める方もどうかしてるし打つ方もイカれてる。今思えば二人共金銭感覚が麻痺してたのだと思うけども、Hちゃんの人生初打ちパチスロは『島唄』だった。打ち方をレクチャーしながら淡々と回す。ちなみに人生で女性とツレ打ちしたのはその日が初めてでめちゃ楽しかった。ただ、全然当たらなかった。1万円。2万円。二人して普通にハマりながら、いよいよ飽きた頃に彼女の台から一瞬「キュイン」と音がした。

 

「おお、当たりだ。いまので当たり」

「え、これ当たったの?」

「そう。もう当たってる。目押し……できないか。手伝った方がいい?」

「うん、お願い」

「じゃあ、左と中と……はい、ここまでやるから。次揃えてみて?」

「できるかな……」

「大丈夫大丈夫。ほら、このリズム。ぽん、ぽん、ぽん……」

「ぽん、ぽん、ぽん……」

 

Hちゃんの細い肩に手を乗せてリズムを刻む。それに合わせて彼女は右のボタンを押した。揃ったのはBIGだった。1G連確定だ。それは敢えて伏せてボーナスの消化方法をレクチャーする。

 

「はい、これでボーナス終わり」

「結構いっぱい出るのね……!」

「デカパイだからねぇ」

「デカパイ?」

「メダルが二種類あんのよ。これデカイ方。沖縄っぽい台はデカイのさ」

「へぇ……。何か良くわからないけど……。これさ、確変みたいなのって無いの?」

「確変というか、連チャンする台はあるよ」

「この台は?」

「さあ、どうだか。ベットしてレバー下げてみ?」

「うん」

 

キュイン! 大音量の確定音が鳴り響く。彼女は肩を一瞬ビクリと震わせてから此方をみた。思わず笑う。

 

「はは! そう。これ凄いんだよ。1回で連チャンするの」

「すごくない? これ」

「ね。オモロイよね。じゃあまた、左と、中。はい、右は揃えてみて」

「うん……」

 

次もまたBIGだった。ということはまた1G連なのだけど、その事実はまた伏せてビックリさせる。こうして、長崎の夜は更けて行った。

 

「なにこれ、超面白いんだけど……!」

 


大人になったきみへ。

 

驕れる者久しからず。人生のスランプグラフは山と谷の連続で、自分がたまたま良フラグを引いてノリノリだっただけであることは、そのたった二ヶ月後には分かった。そんな高時給のボーナスタイムがずっと続くわけもなく、ITインストラクターの仕事は始まったと思ったらすぐに終わってしまった。また時給590円に逆戻りだ。毎晩食べていたステーキやら焼き肉はすぐにもやしとカップ麺に切り替わり、爪に火を点すようにして来季の授業料を貯める生活が始まった。ボーナスタイムで稼いだお金はHちゃんとの豪遊で既に無くなっており、さらにキンパルで食える期間もすでに終焉を迎えていた。

 

「今日、誕生日だね。おめでとう……!」

「うん、ありがとう」

 

Hちゃんの誕生日。助手席に乗り込んできた彼女に言う。プレゼントはその辺で買ってきた安い香水だ。微妙な顔で受け取る彼女。何となく申し訳なくなりつつアクセルを踏みながら国道へ出る。

 

「ひろし、新しい仕事決まった?」

「うん。派遣登録したら、すぐ決まった」

「何やるの?」

「NTTの回線営業だって」

 

当時はマイラインと言って固定電話の事業が自由化された直後だった。そこでKDDIやらが電話事業に参入しはじめ、NTTとしのぎを削り始めた緒戦の時期だったのである。そう考えると俺はその後の長きに亘るドコモKDDI戦争の開戦を経験してるとも言えるけど、まあ時給はクソ安かった。

 

「Hちゃん、今日何してたの?」

「今日はねぇ、パチスロ行ってた」

「また……? 大丈夫なのお金」

「あの、キュインが忘れられなくてさぁ……」

 

彼女はあの日以来、島唄に死ぬほどハマっていた。そしてガッツリ負けていた。彼女がモンスターハウスで一日10万負けて禁パチしていたのを思い出して、何となく陰鬱な気分になった。どうやら彼女は「打っては行けない人」だったらしい。

 

「どうする? これから。安い所だったらご飯ごちそうするよ。誕生日だし」

「じゃあ、一緒にパチスロ行く?」

「えー、これからかい? もう18時だぜ」

「いいじゃない。バイパスのお店いこうよ」

「まあいいけど……」

 

……Hちゃんとは、結局その一年ほどで別れた。そして別れた直後、彼女は自衛隊員と結婚した。前述の如く彼女との関係はあんまりドロドロに溶け合うようなものじゃなかったのでそんなに変な気持ちにはならず。祝福の気持ちが勝った。ただ、その何年か後に彼女は身体を壊して、ついでに人生初の流産を経験した。

 

何がどうなったか良くわからないけど、そのタイミングで俺と彼女は再び接近した。

 

「久しぶり」

「おう。元気かい」

「うん」

 

少しだけ若かった時と同じように、俺がハンドルを握って彼女が助手席に乗る。例によって市内をグルグルと巡りながら、とめどなく話す。何となく「Blur」のアルバムを掛けた。

 

「あ、この曲」

「ん?」

「懐かしいね。良く聴いてた」

「うん」

 

掛ける言葉もないし同情するわけでもない。ただ話を聞いて、一緒にパチスロに行った。

 

「わたし、旦那と別れようと思うの」

「そうなんだ」

「うん。そのつもり」

 

『南国育ち』を打ちながら、彼女はそんな事を言った。彼女とはそれから何度か一緒に御飯を食べたり遊んだりしたけども、関係はプラトニックなままだった。彼女が何かに傷ついていて、もっと若い頃の、背中に翼が生えていたような全能感に縋っているのが分かったからだ。単純に、自分がシェルターみたいな逃げ場所にされているのはビンビンに感じた。ならば、その役割をしっかりと果たすのが、元カレとしての義務なのだろう。生意気にもそういう風に思ったからだ。(あと自衛隊員の嫁さんに手を出すほど俺は侍じゃない)

 

結局彼女は旦那さんとは別れず。すぐに次の子供が出来て、今度はしっかりと出産した。その直後だろうか。一度だけ電話があった。オイラはちょうど四ヶ町アーケードの「タイガー」というお店で、『ヒデキに夢中!』を打っていた。

 

「ホントにありがとう。あの時」

「いや別に。俺パチスロ打ってただけだもん」

「ううん。ありがとう。感謝してる」

「だから別に……。そうだ、パチスロは? まだ打ってるの?」

「ううん。全然」

 

彼女は笑ってから、最後にこう言った。

 

──旦那が打たないからね。

 

ああ、この人はとうとう、本当の意味で大人になってしまったのだなと。ぐるぐる回るリールを見ながらふと、寂しいような嬉しいような。妙な気分になったものだった。

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805
  • 1:2020-09-13 23:31:10島唄懐かしいです。 私も27才の頃に会社の上司に嘘を言ってわざわざ早退までして打っていた記憶があります。 遅れが来ると止められませんでしたからね。 今思えばそんな事も良い思い出です…

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