おばあちゃん想いの末っ子優等生、人生設定⑥の勝ち組ライターが唯一落としたモノはウワサのアノ件!?【エキスパート 業界の流儀 松本バッチ編 #1】

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松本バッチ

パチスロ攻略マガジンのトップライター。元薬剤師と言う異色の経歴を持ち、バラエティーにも対応できるキャラクターと豊富な機種知識を兼ね備えた、業界随一のコンプリートライター。
Twitter
https://twitter.com/matsumotobatch
ブログ
https://ameblo.jp/matsuichi777or-ber/
パチンコ攻略マガジン・パチスロ攻略マガジン公式サイト
https://www.pachimaga.com/

エキスパート、それは専門家、それは達人、それは道を究めた神々の視界。パチ/スロ業界に関わるエキスパートのエキスパートたる所以は何か、その神髄に迫るインタビュー企画。

今回は

パチスロ攻略マガジンの人気ライター。バラエティーにも機種解説にも対応可能、オールマイティなキャラクターで雑誌、動画媒体、メーカーを含めた業界支持率No.1(ななプレス調べ)の男、松本バッチ。

昨今、規制の影響によりライターの仕事が減少している現状に反するかのように勝ち組の先頭を走る松本バッチ、その勝ち組のロジックに迫る。

インタビュー場所は焼肉屋さんでした。お肉を挟んでお話開始です インタビュー前の収録で一緒だった、黒バラ軍団ジロウ。相席でお肉参加です

山からやってきたアイツ!

では、最初は子供の頃のお話からお伺いしたいのですが。

生まれは、多分皆さんが想像している以上の田舎なんですよ。ちょっとグーグルアースで見せますね。凄いですよ、お隣さんが1.5km先なんです。

周りに家があるんですけど、お金持ちの人達の別荘とかなんです。

山なんですか?

山ですね。

(スマホで地図を見せて)俺の家これよ。山!山!家の目の前が川でイワナとか釣れたの。

タラの芽とか採れたからね。タラの芽とか子供の頃、山に生えてる山菜を食わされてるの。
大人になってからはその美味しさと値段に驚愕したもんな。「こんなするの、アレ!?」って、その辺に生えてるのに儲かるやん!って思ったもん。田舎でしたね。

性格は真面目でしたよ、だから。僕、中学校生徒会長ですし、部活の部長とかもやってましたし、高校も副部長で学級委員長ですし、大学もサッカー部の部長でした。エリート!エリート!で、薬剤師になって。ホントにすんません(ドヤ顔)

グーグルアースを見せてもらったんですが、ホントに山でした

どこから脱線したんですかね?

脱線してないフリしてたんだと思うね(笑)

最初は「魚群」

初めてホールに行ったのは、どれくらいの頃なんでしょうか?

大学生になってからですね。大学1年の春休みですかね。19の春にパチンコを打ちました。

最初はパチンコだったんですね。きっかけはあったんですか?

友達に「なんか面白いよ」って言われて、住んでいるところの近くの店が優良店で、凄い回る店だったんですよ。大学の間、4年間ほぼそこで。

それで何ヶ月か「パチンコって面白いなぁ」と言ってました。でも大体『海物語』しか打たなかったんですけど。

海物語オンリーだったのは意外でした。

「おっ、今日魚群でたよ!」みたいな事を仙台にいる友達と話しながらやってたら、「勝つべくして勝てるパターンってないのかね」っていう話になって、「いやでも、どうしようもないでしょ」みたいな。

だって完全確率抽選でやっている以上狙いようもないし、みたいな。ボーダー理論とか全く知らなかったですし、雑誌も買ってなかったんで「いや、もうしょうがないしそんなんヒキ強くなるように願うしかないでしょ」みたいなところで止まってました。

そして、その時に「パチスロって見えれば止めれるの?」と思って、1回パチスロを触ってみたことがありました。その時は『ドンチャン2』を触ってみたんですけど何も分からないからそのまま止めましたね。本格的にパチスロを打ち出したのは『キングパルサー』ですね。

一流ライターさんの為に用意した上タン塩ですが 一流スロッターさんに期待値を拾われてしまいました

“アノ”件イジリ(1回目)

大学時代はずっと打ってたんですか?

そうですね。19歳の1年間で凄い単位取ったんですよ。薬学部なんでそんなに単位取る余裕とかないんですけど、1年と2年は2年間でこれだけ単位を取れば大丈夫っていう感じだったんで、1年目は凄いマジメにサッカー部の練習と授業もバシバシ出て単位をごっそり取ったんですよ。

どうせなら、取れるだけ取ったろうと思って。まぁ単位を落としたら結局2年の時に「もう1回やればいいや」みたいな感じでやってたんですけど、まぁ落とさなかったんですよね、これが!

さすが!落としませんか?

そうね、落とさないね。人生ほとんど失敗してないから!失敗は1回だけよ、今のところ…

その時、「黒バラ軍団のエース」ジロウがバッチの「バツ」を見逃さなかった。

失敗?ありましたっけ、そんなの?(笑)

1回だけ…

1回だけあったんですよ。

ただ、この件は失敗なのかどうかは人生が終わるまで分からないから、厳密には保留中です。

最後まで行った時に「ああ、なるほど、あの時は失敗かもしれないけど、アレも成功の一部だったね」となるかもしれないよっていう論法で…。

まあ、設定6でもハマりますからね。

そうそうそう。

そら、たまには天井いきますよ。

ただ、失敗だったのか?っていう話を収録の時に魚拓さんにしたら…「いや、アレは失敗だよ」って(笑)

取材班はただ眺めつつ、「ジロウ氏グッジョブ」と思ったとか思わなかったとか

きっかけは「おばあちゃん」

先程の一連の流れは聞かなかったことにしながら、質問戻ります(笑)

薬学部は6年制だったんですか?

僕が行ってたとこは4年ですね。

薬学部に行こうと思った理由みたいな、きっかけとかありますか?

薬学部は1番最初は、凄い僕がお婆ちゃんと一緒に寝るようなお婆ちゃん子だったんですね。

僕が中学校に上がるくらいの頃にお婆ちゃんがアルツハイマーになって病院に行った時に、「アレって治らないんだ」って話になったんですね。

そこで、お婆ちゃん子だった僕は図書館で調べたら、唯一薬が開発されてて、それに期待がかかってるって話を読んで「あ、薬だったらワンチャンあるんだ」と「じゃあ僕、薬勉強しよう」って思ったのが始まりですね。

その後も薬剤師の事を調べてみたら「なんだ、なかなか食いっぱぐれなさそうじゃないか」と。

手堅い職業のイメージがありますね。卒業後に薬剤師になったときもすぐに就職先は見つかったんですか?

それもすぐ見つかりましたね。

すぐ見つかったっていうか、「仕事それなりにやりながらパチスロ打てればいいや」って思ってて、地元の福島に帰ってこいって言われてたのもあったんで、高校の時に一人暮らしをしていた福島県郡山市の薬局を検索して1番上に出てきた会社を受けました(笑)

薬剤師は何年くらいやられてたんですか?

薬剤師は3年弱やってましたね。

薬剤師で働いてるときもスロットは打ち続けていたんですか?

ほぼ毎日、昼休みにパチスロ打ってたんですよね。

職場の薬局は僕以外みんな若い女の人だったんですよ。全体的にユルい職場で、昼休み打ってるのもバレてて「松本くんはもうパチスロ狂いだから」って言われてたんですね。

それのおかげで「最悪、出すぎた場合はスイーツ買ってくれば許したる」みたいな(笑)

理解のある職場ですね(笑)

じゃあ、少々出続けて遅刻したとしても。

そうなんです。「スイーツ人数分ちゃんと買って来い!」みたいな(笑)

最初はガイド!?

その後、ライターへ進まれるんだと思うんですが、お仕事は辞めてからですか?

辞めてからですよ、完全に辞めて。

辞めるきっかけはあったんですか?

まあ色んな理由があったんですけど。

会社員なんで、どんだけ頑張っても「俺こんだけやってるけどあの人と給料一緒か…」みたいな感覚があったのと、パチスロがもうちょっと打ちたかったのと、「同じ場所にいて同じことやってるのにちょっと飽きてきたなぁ」っていうのがあったんですね。

ちょうど4号機が無くなる頃で、ずっと「パチスロ必勝ガイド」読みながら勉強して、僕は結構早くから5号機打ってたんですよ。

5号機って出始めの頃は甘く使われてたんで、「5号機も面白いなぁ、ノーマルしかないけど」って思って打ってたんですけど、雑誌とかでは結構スロット熱が落ちていて、パチンコに流れてたりとかっていう人達もいて、「え~!? パチスロまだ面白いよね?」って、「この人達ってコレで飯食ってるんだよな」と思って、「それって自分でも出来ないのかな?」って思ったのがきっかけですね。

その時個人的に実戦ブログとかを書いてまして。18:00とか19:00とかに薬局終わって、閉店まで打って家帰って2、3時間、実戦ブログ書いて寝る起きるみたいなことをずっと繰り返してました。

そこで、実戦をして文字に起こして反響を貰うっていうのに手応えを感じていたので、「やれる気がする」「1回やってみるわ」って仕事辞めたんですよ。

それで東京へ出て来たんですか?

そうですね。取り敢えず東京に出てきて、まずはパチスロを自由に打ちたかったんで、仕事のアテを探しながらまずはこの辺でパチスロを打ってご飯食べてみようって考えてましたね。

そういう事をやりつつ、友達がデザイナーで独立していたので、そういう人達に「文字を書いて、文章を書いて金を貰える仕事ないか?」って話をして、ポスターのキャッチとかフライヤーとかの仕事を何件か貰えてましたね。

じゃあ、そうやってライターの勉強をしていたんですね。

はい、そういうのを勉強しつつ「パチスロ必勝ガイド」で募集要項出たら応募しようと思ってたんです。

募集してなかったら直接編集部へ行こうと思ってたんですが、1年もしないうちに募集が出たんですけど、編集部員だったんですよ。

志望はライターだったんですけど、履歴書と作文を送って面接行って、実はライターがやりたいという話をして。そしたら「じゃ今回は残念ですが…」って返事をいただいて、「あ、ダメか~」と思って。

でも作文のオチをガイドにからめて作ってたので、その部分を「パチスロ攻略マガジン」に変えて、それを「スロマガ」に送りつけたんです(笑)

ムチャクチャじゃないですか!(笑)

そしたらなんかスロマガの編集長が「面白いかもしれん」って言ってくれて「仕事あげれるかもしれないから待ってて」みたいな。

で、1週間ぐらい待ってたんですけど、何も来なかったので「ダメならいいです」ってこっちから連絡したら企画が決まってみたいな感じですね。

作文ってどんな内容のことを書いたんですか?

作文は「パチスロって面白いの?」って聞いてきた人に対する返信を手紙形式で書いたんですよ

「パチスロはこういう遊びで、こういうところが良いとこだよ」みたいな、リスクとメリットとかを書きつつ、最後のオチがただ「がむしゃらに打つと負けちゃうから、まずはパチンコに行く前に本屋に立ち寄って「パチスロ必勝ガイドを買おうね」っていうオチだったんです。

じゃあ、その「ガイドを買おうね」が。

それを「パチスロ攻略マガジン」』に変えて、ゴマをすった先を変えたんです。ってコレ載ったあとに怒られちゃいそうだな(笑)

ココから攻略マガジンライターとしてデビューする流れですが「松本バッチ」というライターネームはどうやって決まったんですか?

ライターネームって何になるんだろうって思ってたんですけど、「決められるのかな? 決めるのかな?」って考えてたら、編集長から電話来たんですよ。

原稿書いたあとだったんですけど、「原稿これでいけるから、ライターネームが必要なんだけど決まってる? なんかある?」みたいなこと言われたんで「ちょっとだけ時間もらっていいですか?」って言って10分後ぐらいに考えたのが松本バッチでしたね。

福島の方言で「ばっち」って「末っ子」って意味なんですよ。僕、親の反対とかも押し切って出てきてたんで「松本家の末っ子っていう意味だよ」って売れたら親に言ってやろっていう意味で「松本バッチ」にしたんですよね。

じゃあ、末っ子だからバッチさんになったんですね。何人兄弟だったんですか?

4人です。 1番下だったんで「バッチ」ですね。


今一番売れてるライター「松本バッチ」のルーツは、決して華やかに彩られていたワケではなかったが、福島でお婆ちゃん子として、かつ松本家末っ子の「ばっち」として、愛情と自然に囲まれて育ったからこそ、今の好感度を築けたのかもしれない。

次回はライター松本バッチが「なぜ業界支持を集めるのか?」を直接本人に直球質問!一般読者よりも、業界ライター必見かもしれない!?

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