「ウシオ」の名前に隠された衝撃の秘密とは!?【エキスパート 業界の流儀 ウシオ編 #2】

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パチスロライター・実業家:ウシオ

2002年にパチスロライターとしてデビュー。現在は「焼肉屋」「BAR」「アパレルブランド」といった幅広いビジネスを展開している「株式会社サムライグラフ」の社長という実業家としての一面もある。
ツイッター
https://twitter.com/usio777
アパレルブランド「LAXNY」
https://store.shopping.yahoo.co.jp/laxny/
焼肉「さぶらい」
https://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400101/40032332/
SABURAI BAR
https://saburaibar.gorp.jp/

前回まで…
バレー一筋の少年は色々あって社会人を経て必勝本ライターになっていました←今ココ

「必勝本ライター ウシオ」誕生から卒業、そして独立の流れを追いながら、ライターウシオとしての仕事の流儀に迫る。

ウシオは牛男?

必勝本に入られた当初はどういったお仕事をされてたんですか?

初仕事がいわゆるデータ取りですね。僕が入ったタイミングでネオプラネットっていう機械があって、それをみんなで1週間ぶっ続けで。

ぶん回したんですか?

その中で一冊本が出るってタイミングがあって「実戦データが必要だ」というので、丸一週間ネオプラネットを打ってちょっとしたカコミのキャプションとかのコメントを書くというのが、確か初仕事。

「ウシオ」という名前で出てくるのはそこからどれくらいになるんですか?

いや、すぐでしたね。

じゃあ、もうその頃からウシオさん?

そうです。

名前の由来とかは?

死んだバアさんからですね。俺が子供の頃から、「ウシオくん、ウシオくん」って呼ばれてまして…

食べたら横になって動かないから、牛みたいだ、ということでウシオにしたんですけど…

あ、牛のような、牛男でウシオというわけなんですね。

牛男と名付けられたから焼肉屋を始めた…ワケではないらしいです

はい。

あ、じゃあ焼き肉屋も縁がある…!?

何の因果かわかんないんですけど。

繋がってますね、色々と。

そうですね、たまたまですけど。

初コンタクトは「大卒?」

ライターとしてのウシオさんについてお伺いしていきたいんですが。
必勝本に入られて、直接の先輩とか後輩とか近くの方ってどういう人がいたんですか?

あんまり仲良い人いなかったです。

結構、独りでっていう感じですか?

そうっすね。

じゃあ、誰々にお世話になった、っていうのは?

編集の何人かにはお世話になりました。

ちなみにですが、しんのすけさんのお世話には…?

あんなものは最悪です。一番最悪です(笑)
ってのは、冗談ですけど。

まあ、しんさんはそうですね。雑誌いた時も親しくはしてましたよ。

しんのすけさんとはどういう出会いだったんですか?

今でも覚えてますけど、編集部にいて、たまたまいて。こちらはモチロンしんさんのこと知ってたんだよ。

「あ、はじめましてウシオです」って言ったら、「あー、聞いてる聞いてる」っていうのが一言目ですよ。

一発目の会話が「聞いてる聞いてる-。大卒?」って言ったんですよ。

まあ、そんな感じの人だな…と。イメージ通りだと思いますけども。コレが一発目の会話ですよ。

あー、浮かびます。

いつものアノ感じの声で「大卒?」って

「はじめまして」って言ったら「大卒?」って返ってきたことを今でも覚えてます。

じゃあ、今とそんなにスタンス的なものは変わらず?

まあ、あのまんまですね。

あと、最近のTwitterを拝見していると、LAXNYのプロデュースや番組などで諸積ゲンズブールさんの登場回数が増えていると思いますが、繋がりとかってどんな感じなんですか?

たしかに、良い仕事仲間であり呑み仲間ですね。

大体、いつぐらいから?

どのくらいだろうなー。ただ、彼の業界歴が6、7年くらいだと思うんで。

そんなに長くはないですよね。

特に親しくし始めたのはここ3、4年くらいですかね

結構、一緒に番組をされてて、Twitterでもカラオケなど仲良くしているのを見受けられますが。

まー、酒さえ奢っておけば何でも言うこと聞くんで(笑)

ライターなのに広告主

雑誌の取材企画をウシオさん発案で実施されていたと聞いたのですが、誕生の経緯をおしえていただけますか?

当時、4号機から5号機になって雑誌がバタバタ廃刊、休刊になってですね。まあ、雑誌が売れない…機械が弱いと雑誌って基本的には売れなくて、5号機出たての頃って酷かったじゃないですか。

案の定部数が落ちて、部数が落ちると広告が剥がれて、そうなると雑誌って立ち行かなくなるんですよね。で、当時必勝本も多分に漏れずで、広告がどんどんどんどん抜け落ちていってる時期で。

そういう時期に空いてたページを「なんか好きに使ってくれないか」って言われて。「要は(広告枠を)買ってくれ」って事なんですよ。それも2ページ。

「じゃあ、好きに使っていいんですね、僕そこで取材企画やりますよ」って言ったら
「あ、全然好きに使って構わない」って、まあ買う側ですからね。広告主になりますから。

言わばライターが雑誌のページを買った、みたいな感じですね。

そうです。
で、仲良かったホールさんにお声掛けをして、スタートが6店舗かな。入ってもらって。そこから始まったんですね。

すぐに反響はあったんですか?

ありましたね。きっかけとして、色んなところで一発目の企画をやった店舗さんがワーッっと集客してちょっとしたニュースになったんですよ。それにいち早くアンテナを張ったコンサル会社が、あちこちのセミナーで「一番集客できますよ」みたいな案内を僕らの知らないうちにかけてくれてたみたいで。

もう、そっからあれよあれよ、という感じで。凄かったですね、もう。当時、運営って僕だけだったんですよ。その時一つ会社持ってたんですけど対応できなくなって。電話受付代行とか頼んでもキツくて。それでも無理だから夕方5時以降とか電話出なかったですね。鳴りっぱなしですけど。

だからもう雑誌が閉まらなくなりましたからね。

ああ、広告で…

まあブックinブックみたいな形だったんで。雑誌がパンパンになっちゃって。

雑誌、めっちゃ分厚くなったみたいです

独立のきっかけ

その時の別会社というのが、サムライグラフですか?

じゃないです。まあ、それをやる用、というか取材企画をやる用の会社を作ったんですよね。

この時期で大体おいくつの頃ですか?

25ですね。

じゃあ、フリーになったタイミングで今のサムライグラフが立ち上がった?

必勝本を辞めた直後ですね。

フリーのきっかけ、みたいなのは?

こういう取材記事も含めてそうなんですけど、一番はやりたいことを自分の判断でやりたくて、何かあった時に雑誌の看板があると雑誌に迷惑を掛けてしまう可能性があるじゃないですか。

やっぱ、やりたいこといっぱいあったんですけど、そこに所属しているからできないことの方が多くなりすぎて、じゃあ、もうアンタッチャブルでやった方が面白いよね、って思って出たんですけど。

じゃあ、そのフリーで出たと同時に法人を作って、という流れですか?

そうですそうです。

その時はおいくつの頃ですか?

30~31辺りですね。

では、ここからは経営者ウシオさんについてお伺いしていきます。


ライターデビューしたウシオ青年。
誰にもお世話にならず、そして誰もお世話をしてこなかった。「大卒?」からの出会いを経て、遂にライターウシオはウシオ社長となる。

島耕作的ステップアップを進めていくウシオ社長に待ち受ける事業は?そして目標は○○事業!?

次回「エキスパート-ウシオ 社長の章」へ続きます。

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