沖ヒカル誕生の歴史を聞いてみたら、パチンコ、パチスロに詳しい「麻雀業界の人」でした (1/6)
沖ヒカル
滋賀県出身。元パチスロ必勝ガイド副編集長を経て「沖ヒカル」としてタレントライターへ。ハナハナ、ジャグラーなど沖スロ、Aタイプへの造詣の深さと独創性あふれる打ち方で人気を博す。また、個性的なキャラクターでライター黎明期から現在に至るまで多くの支持を集めている。日本プロ麻雀連盟所属のプロ雀士。- https://twitter.com/okihikaranai
パチ/スロ業界のエキスパートに迫るインタビュー企画です。
今回のエキスパートは
説明不要の超有名ライター、沖ヒカルさんです!
ライター黎明期から現在に至るまで、最前線で活躍されている沖さんから「沖ヒカル誕生の歴史」を伺ってきました!
スタートは「パチンコ必勝マップ」から
ますは経歴からお伺いしていきたいと思います。
業界歴が26年くらいということですが、これは「ライター歴として」ですか?
ライター歴じゃないんですよね。出版業界というか「パチンコ・パチスロ業界歴が26年くらい」ってことです。
最初の臨時編集アルバイトにはどういった経緯で応募したんでしょうか?
昔、アルバイト求人雑誌でフロムエーとかビーイングってあったじゃないですか。それを見て応募したんですね。
普通にアルバイトとして?
はい。「なんでもいいから白夜書房に潜り込みたかった」っていうのがありまして。
そしたら偶然「パチンコ必勝マップ」っていう増刊号を作る臨時編集部員が必要ということで。
それは「必勝ガイドの増刊」みたいな感じだったんですか?
ガイドと同じフロアですけど、違う編集部の人がやってたんですよ。
競輪マガジンのオカベさんっていう編集長が作ってましたね。
そこが業界歴のスタートなんですね。
そうですね。一番最初は「パチンコ必勝マップ」ってやつですね。多分ネットで調べたら出てきますよ。
昔ってインターネットがなかったんで情報がないんですよね。例えば各ホールの設置機種であったり、交換率であったり、交換所の場所であったり、一切何もわからない状況で。どこに打ちに行けばいいのかわからないっていう人のために作ったんです。
結果、結構売れたんですよ。「なぜ売れたか」っていうと、プロの軍団がみーんな買って、それで立ち回ってたらしいです。
P-WORLDとかない頃ですよね。
そうそう。全くない状態で。ネット自体がなかったですからね。
ホールのメール会員みたいなものはあったんですか?
まだまだ。メール自体がないですから。
ご存知かどうかわからないですけど、ニフティサーブというものすごく初期の文字だけのパソコン通信がやっとちょっとずつ始まった頃で。
本当にインターネットの黎明期の頃ですね。
ただ、パチンコ必勝マップのすごいところは、Illustratorっていう今は普通に使われている画像編集のソフトを使って、地図上で「ここがホール、ここが両替所、交換所だよ」ってそこまでやってたんですよね。
交換所まで地図に出てたんですか?
そうなんですよ、交換率も出してました。画期的な雑誌だった。
それって何号か出たんですか?
いや、単発です。
巻頭が糸井重里さんの文章から始まってましたね。僕の上司の上司が友達で。糸井さんもパチンコをされるので。「ついにこの本が出た。僕は待っていた」って。
糸井さんは当時既に大物コピーライターでしたから、それもすごいお話ですね!
パチンコ必勝マップが出た1994年の糸井さん、同年に「MOTHER2」を作っていました。当時は交換率や交換所などの場所が出て、後々どこかから怒られるとかはなかったんですか?
あー、何にもないです!しかも全部ゲリラですから(笑)
全部がすごい話ですね!
だからすっげー緻密に覚えてメモを取るか、隠しマイク付けてホールに行って島の並びを見ながら「綱取物語、3島」ってこっそり録音していくんですよ。
さらに、交換率を聞いてもわからない時は、1000円か2000円分の玉を借りてそのまま流して、いくらになるか調べるんですよ。そういう感じでやってましたね。
でね、その時に大体7~8人の若手が一気に入ったんですよ。その中で今残ってるの俺だけですからね。結局、みんな辞めていきましたね。
そのパチンコ必勝マップからガイドへはどういう経緯になるんですか?
そこから僕はものすごくアピールしたんですね。
パチンコ必勝マップが1ヵ月半~2ヵ月の臨時編集アルバイトだったので、「どうしてもパチスロ必勝ガイドにいきたい」と。
アピールをしたんですね。
僕は情熱もすごくあったし、多分雑誌屋としてのセンスもあるし(笑)
とにかく口八丁で先ほどの必勝マップに関わったナルサワさんっていう偉い人に言ったら、パチスロ必勝ガイド編集部に話がいったんですよ。
そこにいたのがルーキー酒井さんだったんです。酒井さんが「何?やりたいの?じゃあちょっと試しにやってみる?」みたいな感じでスッと潜り込んだんです。
おお~!ここで「グレハニスト内池」さんが誕生したんですね。
そうです。でも、ガイドの編集って最初は広告ページとか、1ページとか2ページの担当だったりしていたのが、いきなり「91時間バトル」という企画に出ることになって。
最初の登竜門というか昔は新人のライターさんも編集も、1回試しにやらせるっていうシステムだったんですよ。だから僕も入って2ヵ月くらいの頃に「お前も91時間バトルに出ろ」って言われて、いまだに覚えてます。
コンチネンタル3っていう台のバトルを1週間やるんですけど、編集だけどそれに出て文章書いてましたね。
ライターネームのグレハニストとの由来はどこからきたんですか?
グレートハンターっていうエーアイ(現:大都技研)の3号機がが大好きで、当時はほとんど裏だったんですけど毎日上野に打ちに行ってたんですよ。
その「グレートハンター=グレハン」からだったんですけど、最初は「グレハン内池」で。そこから「グレハニスト内池」に変わっていきました。
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